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    消えた親父の国民年金記録問題の経緯 その1 

    2008年09月24日 02:51

    親父の消えた国民年金記録問題についてある方から聞かれました。
    『年金記録回復のためにどうしたら良いのか?』というものでした。
    このブログを通じてこれまでの事件の経過を数回に分けておさらいします。
    今日まで親父の年金記録は回復しておりません。
    しかし、私はあらゆる法的手続きを駆使して現在社会保険庁と対峙しています。
    社会保険労務士試験に落第した落ちこぼれ海事代理士として、
    最後まで社会保険庁から年金記録を回復するまで徹底的に戦います。

    4月中旬 親父のねんきん特別便が届いて6ヶ月足りことに気付く。

    4/25 千葉社会保険事務所で昭和46年度の6か月分の納付記録がないことが判明。
    さらに納付が確認できる6ヶ月についても、納付月が特定できない異常事態発生。

    5月下旬 上局の千葉社会保険事務局総務課に怒鳴り込む。
    『納付月が特定できないのに6月納付とは何事だ!ふざけるな~!』
    『こちらは1年間全部払っている。6ヶ月だけ納付というならそれを特定しろ!』
    『納付月が特定できないならその旨を公文書で書いて出せ~!!!』
    総務課で大怒鳴りしたら、年金課で文書を出すと言うのでこれを拒否。
    あくまでも責任ある千葉社会保険事務局長名で公文書の交付を要請。
    総務課が本庁と協議、待たされること1時間、こちらもぶち切れる。
    『ここの局長は公文書ひとつ発行することも判断できねえのか!』
    『局長を俺が小1時間説教してやるからここに連れて来い!』
    総務課は必死に待ってくれの一点張り。総務課長は奥へ逃げている模様。
    『総務課長が奥の間にいてどういうつもりだ!部下に不始末を押し付けるな!』
    結局、本庁から千葉社会保険事務所長名で公文書を後日発送するということに決まる。
    社会保険庁特有の『責任は下っ端に押し付ける』体質がここでも露呈する。

    5月末頃 千葉社会保険事務所長名で『昭和46年度の納付月は特定不可』の文書が届く。
    それを持参して地元市町村の年金課に参考資料として提出。
    消えた年金記録回復の手がかりになればということで担当が写しを保管することに。

    この続きはその2で書きます。

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    審査請求を却下!

    2008年09月06日 02:29

    まさか社会保険審査官までドブネズミ状態だったとは…。
    親父の国民年金記録訂正の審査請求が却下になりました。
    私は納付確認が取れなくて棄却と思っていましたが。。。
    門前払いとは手荒い祝福ですな!
    却下と棄却では全く意味が違うぞ。
    それでも奴らは自分の恥を晒したいのか?
    第2審の社会保険審査会で決着をつけようじゃねえか。
    上等だぜ~。




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